―「自己治癒」という視点から考える―
はじめに
こんにちは。ジャーニーアドバイザーで、インターネットポリシースペシャリストの宮崎豊久です。
各地で講演を行なっていて、保護者からの質問で一番多いのが、ゲームやスマホの利用時間についてです。
もちろん、子供がゲームやSNSに夢中になりすぎて「依存では?」と心配になることは自然な感情だと思います。
けれど単純に「遊びすぎ」「怠けている」と言ってしまうのは早計かもしれません。
エドワード・カーティアンの「自己治癒説」では、依存は“問題の中心にある痛みから注意をそらす工夫”と説明されています。この考え方を参考にすると、子供のネット依存の見え方が少し変わってきます。
自己治癒とは「痛みからのシフト」
カーティアンは、人が依存に向かうのは「心の痛みを直接感じないようにするため」だと考えました。
子供の場合、その痛みはさまざまです。
- 学校でうまくいかない
- 誰かに否定された気持ちが消えない
- 孤独や不安を抱えている
こうした痛みをずっと正面から抱えているのは、子供にとってあまりにも負担が大きい。だからネットに集中することで、心の重さから一時的に距離をとろうとするのです。
ネットは「痛みを忘れる装置」
ネットに夢中になる時間は、子供にとって痛みを直視しないで済む貴重な瞬間。
- ゲームの達成感に意識を向ける
- SNSの反応で一時的に気持ちが軽くなる
- 動画の楽しさで不安を忘れる
まるで、痛みの中心から視線をずらして「別の光」に目を向けるような行為です。
それが繰り返されるうちに、ネットはただの遊びではなく「自分を守る手段」になっていくのだと思います。
大人ができること
この視点に立つと、子供のネット依存は「悪いこと」ではなく「心を守るための工夫」と見えてきます。
だから大人ができるのは、単に取り上げることではなく、子供が痛みを抱えなくても済むように支えること。
- 子供の「痛みの中心」がどこにあるのかを理解しようとする
- 安心や達成感を、ネット以外の体験でも味わえるようにする
- 「やめさせる」よりも「一緒に分かち合う」姿勢を持つ
家庭でできるちょっとした工夫
日常の中でできることは、難しい特別なことではありません。
- 一日のなかでほんの5分でも一緒に話す時間を持つ
「今日どうだった?」と聞くだけでなく、子供の言葉を最後まで聴いてあげること。 - 小さな達成を一緒に喜ぶ
料理を手伝った、ペットの世話をした、そんな小さな行動に「ありがとう」「助かったよ」と声をかける。 - 安心できるルーティンをつくる
「毎週末は一緒に散歩」「寝る前は本を一冊読む」など、決まった時間の安心感が、子供の心を落ち着けてくれます。 - 大人も一緒にネットを楽しむ
「やめなさい」ではなく「ちょっと見せて」「一緒にやってみよう」と関わると、ネットの世界が「共有の体験」になります。
こうした小さな積み重ねが、子供に「ネット以外にも心が落ち着く場がある」と感じさせる一歩になるのだと思います。
まとめ
ネット依存は、子供が心の痛みを正面から抱えきれず、そこから少しずれることで自分を守ろうとする行動です。
依存に見える行動の裏には、子供なりのサバイバルの知恵が隠されています。
大人にできるのは、その知恵を責めるのではなく「なぜそこに頼らざるを得なかったのか」を理解し、日常の中で小さな安心を積み重ねていくこと。
それが、子供たちがネットに逃げ込まなくても安心できる未来へとつながっていくのではないでしょうか。
宮崎豊久